網代駅
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昭和10年伊東線の開通時に建てられた駅。当時は網代港に水揚げされた鮮魚を輸送するための貨物専用ホームもありました。良質の温泉が各所から発見されると、一躍温泉観光地となりました。南熱海温泉の玄関口となっています。 |
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月見ヶ丘公園
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園内にある馬頭観音は、天正18年豊臣秀吉が小田原攻めの時、此処に仮の城をもとめ里人より軍馬を徴発し、その愛馬の武運長久を祈願し建立されました。
しかし、元禄元年(1688)辰の満水という大洪水により流失され、そのままとなっていましたが、昭和32年に地元有志により再建されました。 |
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ひもの銀座
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網代の町に熱海側から入った所が片町。山側に沿って片側に町並みが続くここは、通称「ひもの銀座」。アジ、イカ、イワシなどの干物を売る店が軒を連ねています。主に網代港で水揚げされた魚を、昔からの手作業により作られた干物を販売しています。 |
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網代魚市場
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網代沖で漁れた魚を中心に水揚げされます。朝7時頃から始まる魚のセリ市。少し早起きして散歩がてら見学してみると、威勢のいい声が聞こえてきます。 |
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網代漁港

海上釣堀「漁師小屋」
TEL:0557-67-7171
筏釣り東海
TEL:0557-67-1611 |
江戸時代には廻船港、近年は近海漁業基地として繁栄した、漁師町の雰囲気が色濃く漂う静かな港町。つりや散歩には最適です。沖を見ると、四角い筏が浮かんでいるのが目に止まります。この筏で鯛やハマチ等の高級魚を養殖し出荷しています。筏の一部が釣堀(有料)として開放されており、手軽につりの醍醐味を味わうことができます。
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網代観測所
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昭和12年に網代湾が一望できる、海抜約70mの高台に建てられた網代観測所。伊豆東部の気象や地震の観測を行っています。位置は北緯35度02分、東経139度05分。(無人) |
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石丁場跡
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江戸城増改築のための石垣用の採石場跡。大石を割るのには、石に矢穴を掘って堅い木や鉄の楔(V字型)をその穴に打ち込んで割りました。この大石からもその様子がうかがえます。 |
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朝日山公園
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網代中学校から坂道を少し上がると眺望のすばらしい朝日山公園があります。遠くは房総や真鶴半島、初島、多賀・網代湾が一望できます。 |
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長谷観音堂
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この長谷観音は大和と鎌倉の長谷観音と同じ木から行基が3体作ったといわれており、故に一木三体観音と伝えられています。始めは海岸の屏風岩の洞窟に安置されていましたが、善修院の開祖が現在の所にお堂をたて安置しました。 |
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隠山亭阿たるの
句碑
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隠山亭<いんざんてい>とは、網代に縁故のある秦中仲<はたなかちゅう>のことで、地理に詳しく江戸時代の郷土史「豆州志稿」を秋山富南とともに完成した人で、網代で余生を送りました。「神ととも高天原におくらるる」と、辞世の句が刻まれています。 |
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三十三体観音像
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竹林に囲まれた広々とした境内の右側中段に観音像が三十三体、一列に安置されています。一番奥寄りの自然石には「奉納経西国三十三所供養塔」と刻され、また、仏の像を刻した供養塔二基があり、寛政3年(1791)と刻字されています。 |
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呑吐居士碑
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灯明台復元跡の脇に自然石に呑吐居士<どんとこじ>の石碑があります。呑吐居士は、江戸時代、熱海地方に俳諧を広めた人です。
「散る時は、はてしれなくて秋の月」「天明元宇己仲秋」と辞世の句が刻まれています。 |